シンプルに生きる♡自愛の最適化と記録。

自分を愛すると、世界は変わる。

ありがとうカウントをしてみて。

 

去年の今頃は、人生の底をついていた時期で

 

だいたい海に行っているか

 

寝ているか、

 

そんな夏を過ごしていた。

 

 

 

一応死なない程度には、食べていたけど

 

空腹<< 動きたくない

 

という図が成り立つほど

 

本当に何もしない夏だった。笑

 

 

 

何もしない中、

 

特にやる気も希望もなかったけど

 

ある実験をしていて

 

 

 

その中の一つに、

 

☆ありがとうカウントをする☆

 

というのがあった。

 

 

 

『ありがとうございます。』

 

 

て、一回言ったら、一カウント。

 

 

 

数取り器でカウントしながら

 

ブツブツ言ってた。

 

 

(側からみたら、

 

完全にイカれている人の図だ。)

 

 

 

自分の年齢✖️10000回言うと、

 

過去のカルマが解消される、とか

 

 

マイナスなことを発言したら

 

カウントがゼロに戻る、とか

 

 

色んなこと言ってる人がいて

 

 

 

YouTubeなんかで、検索してみると

 

禿げたおっサンが

 

今日は5000なんぼ行きました!とか

 

レポートしている動画があったりする。

 

 (はっきり言って、つまらない)

 

 

 

で、結論から言うと、

  

 

 

何万回ありがとうございます、を

言ったところで

 

 

それだけでは、現実は何も変わらない。

 

 

 

ていうことが、身を以てわかった(゚∀゚)笑

 

 

 

 

数取り器が、途中で紛失した時点で

 

もうやらなくていいよ、て

 

意味だったと思うんだけど

 

 

 

私の場合は、という話で、

 

 

 

何事も実際にやってみないとわからないし

 

結果は人それぞれ。

 

それで良いと思う♡

 

 

 

この実験をやったことの意味を

 

振り返ってみると、

 

 

 

ありがとうございます!

 

 

 

を、誰に言うのか?

 

 

 

ということを、ブツブツ唱えながら考えたことが

 

 

私にとっては、よかったなぁて思う。

 

 

 

 

無意識に、ありがとう、という感謝は

 

自分以外の誰かに向けて発信するもの

 

という思い込みがあったけど

 

 

 

自分自身に対する感謝って

 

全然してこなかったなぁと

 

 

ある日気づいたんだ。

 

 

 

 

で、超絶ダメ人間だと思っていた

 

私だけど

 

 

 

それって、何をもってダメ?て

 

 

何をジャッジしてる?て

 

 

ある日思ったんだ。

 

 

 

 

自分に対する感謝を

 

腹のソコに向かって伝えたとき

 

 

 

感動して、静かに涙があふれた。

 

 

 

それが、ありがとうカウントをして

 

良かったことかな。

 

 

 

自分自身で、あることへの感謝。

 

 

 

教えてくれて、ありがとう!

 

 

 

すみれ。

 

 

 

 

 

 

物を捨てられない人。

わたしはミニマムな生活が好きで

圧倒的に物が少ないから

 

物が捨てられない人の気持ち

 

というのが、正直わからなかった。

 

 

 

物なんて、少なければ少ないほど快適だし

空間にスペースがあることの

心地よさといったらない。

 

 

家の中のスペースの空き具合でいったら

大富豪にも劣らない。

おそらく。笑

 

 

棚の使い方とか、余裕がありすぎるし

靴箱なんて半分は空いている。

 

 

違うのは、そこに置いてある物の

クオリティと資産額だけ。→事実。笑

 

 

 

話がずれたけど

物が捨てられない人の話。

 

最近になって気づいたことがある。

 

 

 

物は少ないけど

 

その中でも、唯一気をつけておかないと

増え続けてしまうのが

本。書籍。

 

定期的に片付けてはいるから

定数(棚に入っていて良い数)を超えてしまう

ってことは、あまり無いけど

 

中には、使わないのに

何年も捨てられない本があった。

 

 

そういった類の本を

数日前に思い切って全部捨てた。

 

 

その時に、どんな感情が動いたのか、

といえば

 

『もったいない。』

 

 

本当の、本当に?て

自分を疑った。

 

 

 

もったいないのは、本そのものじゃなくて

何万、何十万円とかけて学び

資格取得した講座のテキストだった。

 

 

その当時、学んだこと自体は

全く後悔してないけど

 

やってみて、わかったんだ。

 

 

これ、私には要らないし

出来ても楽しくない、嬉しくない。

 

 

それ以来、使わずに放置されていた

資格取得のための本たち。

 

 

やっと、手放すことができました。

 

 

私には、フィットしないこと

て、わかっている。

本をとっておいても、二度と開かないし

その技術を使うこともない

て、わかっている。

 

 

それなのに捨てられなかった執着は

わかっていながら

あれだけ高額なお金を投じたんだから

もしかしたら、気が変わって

またやる日が来るかもしれない、とか

思っていたからだ。

 

 

全部使わなくても

もしかしたら部分的に役に立つことが

あるかもしれない、て

思っていたからだ。

 

 

そういう執着を、そのまま見て感じて

あれだけお金も時間も投資したのに

出来ない自分には価値がない

という設定を手放せない自分をあきらめた。

 

 

そして、その技術を使わなくても

全く問題なく

自分のやりたいことはやってるし

それで手応えも掴んでいる現実を見た。

 

 

ねぇねぇ、わたし

どうしたい??

 

 

そんな、自分との対話をしていたら

 

 

『それ、無くても全然大丈夫だね』

 

 

つて、いう結論に至った。

 

 

そこを認めたら

なんの未練も後悔もなく、全捨て出来た。

 

 

 

そのことを友達に話したら

口をあけて絶句してたけど

(おもしろかった!笑)

 

 

金額の大小ではなくて

 

 

どれだけエネルギーかけて学んでも

どれだけエネルギーかけてゲットしても

 

 

 

今の自分のなかに残っていること

 

 

 

だ、け、が

 

 

確かな財産で

 

 

 

一度学んだことで、必要なことは

無意識に必要に迫られた時点で思い出す。

閃く。

 

 

 

だから、何も心配はない。

 

 

 

もっと安い本だったとしても

たとえば1500円くらいのね。

 

 

 

その本に書いてあること

全部自分の物にしようとするから

重くなる。

 

 

それが、本当かどうか?なんて

やってみなきゃわからないし

自分に合ってるかどうかも、わからない。

 

 

たかが1500円で、一つでも

何かに気づいたら学ぶことが出来たなら

丸儲けだと思わない?

 

 

 

繰り返し読むことがダメだとか

本を捨てちゃダメだとか

 

そーゆうことではなくて

 

自分の中で、実感や体感を伴った学び

それがリアルなことだと思う。

 

 

必要なことは残ってるから、大丈夫、って

頭の中を安心して解放してしまえば

 

とんでもなく、素晴らしいことが起きるよ。

 

 

パソコンと同じように

モリーは解放しておいたほうが

 

 

人生そのものも、スムーズに運ぶ。

 

 

 

物を捨てられない人は

物と向き合う前に、

脳みそから捨てていったらいい。

 

 

そんなことを、思う。

 

 

 

もう一度。

いろいろあったけど、

もう一度、ここで仕切り直して。

 

記録を再開。

 

 

この現実の目の前の世界は

 

すべて自分の潜在意識によって

 

思ったとおりに展開していることはよくわかった。

 

 

つもりだった。

 

 

 

だけど、あんまりよくわかってなかった。

 

途中から、向き合うことが嫌になった。

 

 

 

こんなにひどい現実を、まさか

 

自分が望んだなんて、認めたくなかったし

 

 

変わることを強く望みながら

 

変化をとても怖いと思っている自分がいた。

 

 

 

やっと、そこを向き合う準備が整ったから

 

もう一度、最初からやり直してみよう。

 

 

 

 

世界は、自分で自由に、クリエイトしていける。

 

 

 

 

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弟に生き方を批判される。

昨日の夜は、ひさしぶりに弟と電話で話した。

 

2時間くらい。

 

 

職人の彼は、あまり多くを語らない。

 

会話のない時期が長かったけど

 

 

 

20年ぶりくらいに、お互いのいろいろなことを

 

話すようになった。

 

 

 

離婚のことは、

 

「だいたい、結婚式のときから

 

なんでこの人と結婚するんだろう、って、違和感感じてたよ」と

 

笑いながら話し、受け止めてくれた。

 

 

 

けど、これから先、どのような生き方をしていく

 

という話しになったとき

 

 

 

わたしが思っていることを率直に話したら

 

弟は、理解できないし、ちょっと頭がおかしいんじゃない。と

 

言った。

 

 

 

絶句して、悲しくなり、泣きたくなった。

 

すこし、涙がこぼれた。

 

 

弟の言っていることは、極めて真っ当で

 

普通のことなんだけど

 

 

 

その奥にある、「自分を生きることへの諦め」を

 

感じたから。

 

 

 

うちは、ああゆうエキセントリックな父親

 

発達障害の母親に育てられたから

 

幼少期に形成された人格や潜在意識に染み込んだ在り方で

 

そういう「夢」みたいなことを、現実にするのは

 

無理なんだって、諦めなよ、と

 

彼は言った。

 

 

 

たしかに、そうかもしれないけど

 

それを理由にして、諦めるなんて、

 

わたしにはできないんだ。

 

 

あなたの言ってること、わかるよ。

 

すごく普通で自然なことだと思う。

 

男だし、守らなきゃいけないものがあるから

 

現実離れした考え方なんか、バカバカしい、というのもわかる。

 

 

 

 

だけど、わたしは、自分の本心を置き去りにして

 

自分に嘘をつく、という生き方が

 

したくないんだ。

 

 

 

そのことを強く感じたし

 

そういう考え方の弟が、変わる必要はないけど

 

抱えている闇、苦しさが解放されることで

 

よりよい彼の人生になることを望んでいる。

 

 

 

 

今まで、弟に対しての設定は、

 

「弟は、わたしの事を理解することなんかできない」

 

「弟は、頑固」

 

「弟は、しゃべらない」

 

「弟は、孤独」

 

だった。

 

 

 

だけど、今回話してみてわかったことは、

 

ピュアなオーダーは

 

「弟と、お互いの違いを理解し、認め合い、コミュニケーションがとりたい」

 

「弟が、弟であることを応援したい」

 

「弟に、私が私であることを応援してもらいたい」

 

「物理的な距離は離れているけど、精神的に家族としてのつながりを持っていたい」

 

ということ。

 

 

 

そして、実際には、

 

「弟は、私の意見に完全には一致しないけど、理解しようと努めてくれる。」

 

「弟は、譲れない信念を持っているが、柔軟さもある。」

 

「弟は、本当に思っていることを話す。」

 

「弟は、人間関係も本当に大切にしたい関係を大切にしている。」

 

だった。

 

 

 

どれだけ、事実と自分が信じている思い込みに

 

乖離があるか?ということが

 

今回のやりとりだけでも、明るくなった。

 

 

 

ひさしぶりだし、対面じゃないし、緊張したけど、

 

メールで、「話したい」と伝え、

 

仕事が終わったあと、電話することになり

 

実際に、電話で話し、

 

 

内容に関しては、相容れないところも多々あったけど

 

 

それでも、最後まで話しを聞いてくれて

 

シャットダウンではなく、率直な意見を言ってくれて

 

なんでそう思うの?と、興味を持ってくれて

 

 

弟は弟で、自分の生き方、信念みたいなところを

 

話してくれて

 

 

 

途中、泣きたくなったり、絶望したくなったりしたけど

 

それって

 

「私の思い通りに反応してくれないこと」への絶望であって

 

すんごくわがままで、自己中な私の思考で。

 

 

ピュアなオーダーは、ちゃんと叶えられていた。

 

 

 

そういう、取り残された幼い思考は、

 

ただ、「あぁ、そうなんだね」と見つめてあげるだけで

 

安心して解放されていく。

 

 

そういうことを、教えてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

パートナー到来。

ひさしぶりのブログ更新。

 

パートナー到来♡

 

 

 

「わたしは、一人で楽しく、生きていく」

 

 

ということを決めて

 

一人の生活をエンジョイし始めたとき

 

 

 

むこうから、その彼はやってきた。

 

 

 

いーらない!と、手放したとき、

 

向こうからやってくる。

 

 

 

欲しい、欲しい!と、求めるとき

 

なかなか、つかむことができない。

 

 

 

宇宙の法則は、地球の法則と

 

真逆なのかもしれない。

 

 

 

 

おもしろい。

 

 

 

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もう、たくさん。

潜在意識のことに取り組み、

 

これまで、いかに自分の思い通りの人生を

 

現実化してもらってきたか?

 

 

 

ということが、

 

痛いほど、よくわかりました。

 

 

 

もう、あまりにも嫌すぎて

 

自分のことを大切にしなさすぎて

 

 

 

逃げ出したくなって、

 

実際に逃げて、ゲロ吐きながら、

 

また戻って

 

 

 

ということを繰り返して

 

夏は終わった。

 

 

 

 

頭ではわかっているけど、

 

それを本当の意味で「ちゃんと認める」っていうことは

 

 

 

思っていた以上に、とても、

 

キツイことでした。

 

 

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インナーチャイルドとつながる方法。

私たちは、「私」と「私の中の私」とすべてのことを

2人でシェアしている。

 

たいてい、物事がうまくいかないパターンを持っている場合、

「私の中の私」を無視して、うまくコミュニケーションがとれていない。

 

私の中の私というのは、

他の言葉でいえば、インナーチャイルドとか、潜在意識とか、源とか

そんなふうに言われている。

 

なんでもいいけど、その「私の中の私」とつながることが

道を開くのに、すごく大切なんだ。

 

 

今日は、その「私の中の私」とつながる呪文を♡

 

・・・・・

 

私の中のもう一人の私に手を合わせて、

 

 

①愛しています 5回

 

②ごめんなさい 4回

 

③許してください 3回

 

④ありがとうございます 2回

 

⑤私はいつも、あなたと共にいます 1回

 

 

この①〜⑤を1セットとして、5セット、朝・昼・晩に唱える。

 

 

・・・・・・

 

ずっとコミュニケーションがとれていなかった

私の中の私は、すぐには出てきてくれないけど、

これを続けていくと、ある日、突然出てきてくれるんだ。

 

そしてそんな自分を赦し、私の中の私が癒されていった時に

「本来の自分」で生きていくことが

自然とできるようになっていくよ。

 

 

これは、あるヒーラーさんが教えてくれた

インナーチャイルドとのつながり方。

 

他にも方法はあるけど、

イメージすることが苦手な人でも、簡単に取り組みやすい点が

オススメです。

 

 

わたしは、絶賛取り組み中です。

 

そうしたら、ある時、お腹の底のほうから、

叫び声にも似たような、そんな「感情」が湧き上がってきたよ。

 

自分でもびっくりでした。

 

でも、その置いてきぼりくっていた「私の中の私」が感じていたことを

とことん、味わい、寄り添い、付き合い、癒していったら

 

だんだん、すっきりしてきたんだ。

いつも胃のあたりに、モヤっとした感覚を抱えていたのがなくなり、

自分の「本心」は何なのか?に

耳を傾けられるようになってきたよ。

 

まだまだ、見分けがつかないこともあるけど、

でもこうして気づいて一歩を踏み出したことに、

誇りを持って生きています。

 

 

すみれ。