Love myself. --自愛のキセキ--

自分を愛すると、世界は変わる。

弟に生き方を批判される。

昨日の夜は、ひさしぶりに弟と電話で話した。

 

2時間くらい。

 

 

職人の彼は、あまり多くを語らない。

 

会話のない時期が長かったけど

 

 

 

20年ぶりくらいに、お互いのいろいろなことを

 

話すようになった。

 

 

 

離婚のことは、

 

「だいたい、結婚式のときから

 

なんでこの人と結婚するんだろう、って、違和感感じてたよ」と

 

笑いながら話し、受け止めてくれた。

 

 

 

けど、これから先、どのような生き方をしていく

 

という話しになったとき

 

 

 

わたしが思っていることを率直に話したら

 

弟は、理解できないし、ちょっと頭がおかしいんじゃない。と

 

言った。

 

 

 

絶句して、悲しくなり、泣きたくなった。

 

すこし、涙がこぼれた。

 

 

弟の言っていることは、極めて真っ当で

 

普通のことなんだけど

 

 

 

その奥にある、「自分を生きることへの諦め」を

 

感じたから。

 

 

 

うちは、ああゆうエキセントリックな父親

 

発達障害の母親に育てられたから

 

幼少期に形成された人格や潜在意識に染み込んだ在り方で

 

そういう「夢」みたいなことを、現実にするのは

 

無理なんだって、諦めなよ、と

 

彼は言った。

 

 

 

たしかに、そうかもしれないけど

 

それを理由にして、諦めるなんて、

 

わたしにはできないんだ。

 

 

あなたの言ってること、わかるよ。

 

すごく普通で自然なことだと思う。

 

男だし、守らなきゃいけないものがあるから

 

現実離れした考え方なんか、バカバカしい、というのもわかる。

 

 

 

 

だけど、わたしは、自分の本心を置き去りにして

 

自分に嘘をつく、という生き方が

 

したくないんだ。

 

 

 

そのことを強く感じたし

 

そういう考え方の弟が、変わる必要はないけど

 

抱えている闇、苦しさが解放されることで

 

よりよい彼の人生になることを望んでいる。

 

 

 

 

今まで、弟に対しての設定は、

 

「弟は、わたしの事を理解することなんかできない」

 

「弟は、頑固」

 

「弟は、しゃべらない」

 

「弟は、孤独」

 

だった。

 

 

 

だけど、今回話してみてわかったことは、

 

ピュアなオーダーは

 

「弟と、お互いの違いを理解し、認め合い、コミュニケーションがとりたい」

 

「弟が、弟であることを応援したい」

 

「弟に、私が私であることを応援してもらいたい」

 

「物理的な距離は離れているけど、精神的に家族としてのつながりを持っていたい」

 

ということ。

 

 

 

そして、実際には、

 

「弟は、私の意見に完全には一致しないけど、理解しようと努めてくれる。」

 

「弟は、譲れない信念を持っているが、柔軟さもある。」

 

「弟は、本当に思っていることを話す。」

 

「弟は、人間関係も本当に大切にしたい関係を大切にしている。」

 

だった。

 

 

 

どれだけ、事実と自分が信じている思い込みに

 

乖離があるか?ということが

 

今回のやりとりだけでも、明るくなった。

 

 

 

ひさしぶりだし、対面じゃないし、緊張したけど、

 

メールで、「話したい」と伝え、

 

仕事が終わったあと、電話することになり

 

実際に、電話で話し、

 

 

内容に関しては、相容れないところも多々あったけど

 

 

それでも、最後まで話しを聞いてくれて

 

シャットダウンではなく、率直な意見を言ってくれて

 

なんでそう思うの?と、興味を持ってくれて

 

 

弟は弟で、自分の生き方、信念みたいなところを

 

話してくれて

 

 

 

途中、泣きたくなったり、絶望したくなったりしたけど

 

それって

 

「私の思い通りに反応してくれないこと」への絶望であって

 

すんごくわがままで、自己中な私の思考で。

 

 

ピュアなオーダーは、ちゃんと叶えられていた。

 

 

 

そういう、取り残された幼い思考は、

 

ただ、「あぁ、そうなんだね」と見つめてあげるだけで

 

安心して解放されていく。

 

 

そういうことを、教えてくれて、ありがとう。