Love myself. --30代からの自愛。Real Life Log---

自分を愛すると、世界は変わる。

わがままをそのままのサイズで出すと愛される。

 

わたしにとって、ハグって

特別な意味がある。

 

それが具体的になにか?というのは

説明はできないけれど

 

ハグして欲しいときに、ハグをしてもらえると

とてもスペシャルで愛されていると感じる。

 

 

 

だから、本当に何気ないことだけど

わたしにとって、ハグはとっても大切なんだと思う。

 

 

 

こんなことがあった。

1週間出張で留守をする彼が、出張にでかける日の朝

ベットの中でまどろみながら

「ねぇねぇ、一週間分のハグをしてほしいなぁ」

と、かわいらしく頼んでみたら

 

 

「このタイミングで?」と、

まったくしょうがねーなぁーっていう空気で

やっつけ仕事のようにハグをしてくれた。

 

 

その態度が気に入らなくて

「まったくしょうがねーなぁー」みたいな感じで

雑に扱われて、大切にされていない感じがする、

と伝えたら

 

 

背中を向けられてしまい

 

 

わたしは、なんだか腑に落ちない、がっかりする

悲しい、でもタイミングが合わないなら仕方ない、と

頭で考えて理解し、さっさと諦め、

 

 

台所にいって、朝の支度を始めた。

 

 

朝の支度をしながら、なんだかとても切なくなって

体育すわりをして泣きそうになった。

 

 

そんなわたしの様子をみて、

「いま、どんな感じがする?」と彼が聞いてきた。

 

 

そんなこと、言わなくたってわかっているくせに、と

内心思いながら、声を出すと泣いてるのがバレるから

黙って泣いていたら

 

 

彼が、「あきらめるのかよ」と、怒り出した。

(本気ではない)

 

 

「やるって、決めたんだろ。向き合うのか、向き合わないのか」と

言いながら頭まで布団をかぶって彼は寝てしまった。

 

 

気をとりなおして、火をとめてベットに戻ると

彼がまた背中をむけてきた。

 

 

「もう、なんでこんな簡単なこと、やってくれないの!

わたしにとってハグがすごく大切だって、わかってるのに

ケチ!バカ!死ね!」っていったら

 

 

「なんで素直に言わないんだよ!もう知らない!」と彼はいい、

 

 

 

お互いに背中をむけて寝ていたけど、

やっぱり違和感があることは二人ともわかっていて

 

 

思いっきり体当たりして

「ねぇねぇ、ハグしてよーーーーーー」って

全力でぶつかってみたら

 

 

「いやだよ、やめろよ」と彼はいうけど

 

 

そんなこと、おかまいなしに、それでも諦めずに

「やだやだ、1週間も会えないの、やだーーーーー!

ハグしてよーーーーーー!」って

 

 

全力でぶつかってみたら

 

 

 

「しょうがねぇなぁ」っていいながら

嬉しそうな顔をして

 

 

 

いちばんジャストミートする場所で

とっても満足するハグをしてくれた。

 

 

 

ただ、これだけのやりとりを他人がみたら

なんて面倒くさいバカップルなんだと言われて終わるけど

 

 

 

ここには、実は、深い感動がある。

 

 

 

わたしは、3人きょうだいの長女で

記憶にある限り、抱っこしてほしいとか、言った記憶がない。

本当はしてほしいけど、いつも我慢していた。

 

 

 

ある時、たぶん小学校1年か2年くらいのとき。

学校でなにか辛いことがあって、

お風呂に入っている時に、勇気をふりしぼって

おかあさん、抱きしめてほしい、といったら

 

 

弟や妹がいたこともあるし

おかあさんの恥ずかしさもあって(たぶん)

 

 

 

「おねぇちゃんなのに、何言ってるの!」といって

普通に拒否されて、ひどく傷ついたし

二度とこんな恥ずかしい思いをして、しかも傷つくなんて

こんなお願いはしないことにしようと

こころに決めたことを覚えている。

 

 

それでも「やだやだ、どうしてもしてほしいーーー」って

だだをこねて

親を困らせるなんてこと、なくて

 

 

もしかしたら、あの時だだをこねていたら

もうしょうがないねぇ!っていいながら

母は抱きしめてくれたかもしれないけど

 

 

だだをこねる子=かわいがってもらえない、という式が

わたしの中にはあったし

 

 

だだをこねる子=かっこわるい、という式も

インプットされていて

 

 

本当にほしいものを手にいれるために

全力でわがままをいう、だだをこねる、っていうことを

 

 

記憶にある限り、一度もしたことがない。

 

 

 

そんなわたしが、愛する彼にハグをしてほしい、と

遠慮がちに、かわいらしく、ではなく

 

 

全身で全力で表現したら

彼は、全身で、全力で、応えてくれた。

 

 

そして、彼が気づいたことは

「自分のたいせつなこと、『今』いちばんほしいものを

遠慮がちに求めて、あっけなく1回で諦めるなんて

らしくない、っていうことが、僕にとっては違和感で

 

どんなに小さなことでも、自分にとってたいせつなこと

いちばんほしいことだったら

 

その欲しいと思っている大きさのまま、全力で表現してくれたら

全力で応えるし、そうしてくれることが嬉しい」といって

 

 

ハグし終わったあと、彼は感動して泣いていた。

 

 

きっと、1年前だったら

ハグして欲しい、っていうことすら、恥ずかしくて言えなかった。

 

 

そして、今までの生い立ちから、何から

ほとんどを知っている彼だからこそ

 

 

わがままに、だだをこねる、という表現を

全力で出し切ることができた私を

 

 

そのまま愛してくれるし、感動して泣くレベルなんだと思う。

 

 

わたしたちにとって、違和感は

そういう些細なことを微調整したり

「なにか」に気付くためのサインで

 

 

そのことを、いちいち丁寧に向き合って

確認することが日常で、

 

 

すっきりするまで諦めない、という生き方を

好んでしている。

 

 

ハグしてくれた時のすべてのフィット感もそうだけど、

何より

 

 

こんなにわがままに、ダダをこねるほど

感動して愛される、という事実に

 

 

初めての経験に

 

 

私は深く感動した。

 

 

 

 

本当にありがとう。

愛している。

 

 

 

 

いままでさ、どれだけクールを気取って

かっこつけていたか、ということがお互いにわかった朝だった。

 

 

 

わたしたちは、本当は松岡修造みたいに

熱血やろうで、めんどくさい人たちだ。

 

 

 

これだけパワフルに全身で愛を表現しても

壊れないために

 

 

 

二人とも大きな肉体を与えられているんだね、って

 

 

 

納得した朝の出来事だった。

 

 

 

 

私たちは、地球の中心で愛を叫ぶ勢いで

全身で愛を表現することが、うれしくて、たのしい。